金子富子の俳句短歌世界

心に響く美しい言葉

牡丹や散華のあとを寂と立つ

高原の桔梗の藍は露がおく

闇汁のこんにやく下駄に仕立てたる

暦売り耳かきなどもなべ売る

秋出水流るる牛の無表情

白糸の滝の不動を遠拝み

衣被昔語りを聞きながら

麩まんぢゆう心づくしの紅葉敷く

苗売りの早口なりしよく売るる

嗄れし声なほ張り上げて御輿もむ

メロン盛るカットグラスの翳りかな

初秋や大利根川の夕景色

長廊下吹きくる風は秋の風

影ふみて下山の磴や夕かなかな

菩提寺へ道なりに咲き彼岸花

秋草をたわわに瓶に軽井沢

庚申の夜は寝ずとや星月夜

月見舟あの灯のあたり佃島

糸瓜忌や団子坂より大龍寺

秋晴や谷戸低く舞ふ鳶一羽

牡丹や散華のあとを寂と立つ

夏衣折目の跡もあざやかに

国道も此処で終れり避暑の宿

木場堀に風鈴の音滾りたる

猫越峠の恋物語蝉時雨

 

野鳥群るる千鳥ヶ淵の静かさに平和なる日々新たに思ふ

寒風の外人墓地に人気なく街の灯長くにじみて流る

背に負ひし米の重みに語らひの楽しき内に山を越えゆく

山越えて配給米をとりにゆきし幼き頃の恋の思ひ出

福島の三春の山よ川よ戦時のわが束の間の青春よ

海鳴りの声するごとくひびくなり南の海の大いなる貝

ほら貝に耳を当てればさざめきの海騒のごと海恋ふるごと

疎開せし山の隠居所夜に入れば狐の鳴き声しきりに聞こゆ

カタカタといふ音もよし風もよし人気なき山リフトは進む 


のびやかに金魚動けり寒の明け
初午や野菜きれいに洗ひあげ
ほの白く梅明りせる園広し
仲見世を抜けて淡島針供養
雪解して地蔵の慈顔現はるる
野菫の白き小鉢をいとほしむ
蒲公英の絮をけちらす眉若し
屋根がへに村中総出大藁家
水草生ふここも埋立て進みつつ
若狭より続く井戸とぞお水取り
流し雛離れがたきが岸に寄る
雪解水集め忍野の水車かな
病室の窓を横切る春の雪
ふらここを漕ぎ女生徒らよく笑ふ
花びらの渦巻く城の大手門
花爛漫散りはじめては殊更に
フリージア香る主の起居かな


新樹光はじき大鯉泳ぎゐる
金雀枝や友逝きてなほ明るうし
五月雨の早瀬とはなり神田川
五月富士正面に据ゑ馬場廻る
くちなしの匂ふや土塀つづく古都
ふるさとの新茶褒む母にこやかに
白鉄線大きく開く末寺かな
今年竹ふれあふ音も竹の寺
蚕豆をむく後ろ肩やつれゐし
わがままは老いの証や走り梅雨
せめて派手な傘を選びて梅雨の入
梅雨晴間我に蹤き来る宿の犬
最上川船唄ひびく青嶺かな
立葵手を取り合ひし道祖神
杜若師のしづかなるたたずまひ
夏衣折目の跡もあざやかに
露伴忌やむかしながらの谷中町
嗄れし声なほ張り上げて御輿もむ
古茶いれて母に甘えしまま五十路
夏足袋の白さ際立つ庵主かな
木場堀に風鈴の音滾りたる
炎昼やハイビスカスが咲くばかり
涼風の嵯峨提灯をゆらし過ぐ
青胡桃見れば師のこと思はるる
片蔭にいつもの靴屋鋲を打つ
急行は止まらぬ駅や合歓の花
片脚の冷えて目覚めぬ避暑の宿
菅沼に深呼吸して避暑終る
大屋根の雀にみいる端居かな


何となく母はしやぎをり墓参り
冬瓜を置いて久しきわが厨
鶏頭の丈みな短か海の町
故郷に似たり施餓鬼の鉦太皷
菩提寺へ道なりに咲き彼岸花
糸瓜忌や団子阪より大龍寺
山風の吹きぬける宿葛の花
車さへ通へぬ萩の古湯かな
秋出水流るる牛の無表情
衣被昔語りを聞きながら
中空を睨む仁王の秋翳り
梨の実や益子の里の大庄屋
弁財天へ詣でる道や白粉花
鰯雲千年杉の生き生きと
濃く淹れし朝のコーヒー野分過ぐ
まん幕に茶事たけなはの良夜かな
君の写真いつも笑顔や柿供ふ
折口の白さ際だち牛蒡掘る
野菊咲く水の清滝のぼりしか
菊日和大往生とにぎやかに
菊匂ふ花屋の前に待ち合はせ
菊供養わが白菊は誰れが替ふ
御寺ただ桜紅葉の静寂かな
駅の名に魅かれて降りて秋深む
烏瓜一人詣でし戦没碑
焼き栗をバスに持ち込む京の秋
化野に鐘鳴り渡る散り紅葉
麩まんぢゆう心づくしの紅葉敷く


山茶花の散りしくときを逝きにけり

信楽焼の狸てらてら冬日和
みかん山色づき伊豆の海平ら
ゆれるともなしにこぼるる花八つ手
時雨くる人形塚に古雛
尼寺の障子の白さ潔し
枯菊やかくも淋しき兵の墓
闇汁のこんにやく下駄に仕立てたる
冴ゆる夜の港の灯りきらめけり
大川に波だち都鳥白し
落暉いま眠れる山をきはだたす
吹きあぐる海風に耐へ野水仙
国訛りやさしくひびく雪の里
雪囲ひ紬織る灯のいつまでも
雪しんしんロッジの灯夢のごと
冬北斗こみあげるもの理由もなく
少年の声高く澄むクリスマス
ゆく年や後ろ姿の母老いて
年の瀬の人波にただゆられゐる
着ぶくれて母の祈りの長きこと
秀でたる星に祈れり初詣
女礼者まづは汁粉でもてなされ
勢い獅子はなやかに舞ふ初芝居
満身にくれなゐさして初角力
初雪や芝居のほてりまださめず
豆撒の声雪空に遠ひびく
枝下ろしされし銀杏の新芽かな